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大阪高等裁判所 昭和32年(ネ)1005号 判決

控訴人 富士工業株式会社

被控訴人 東洋商事株式会社

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金四、二八九、七七〇円、及びこれに対する昭和三〇年三月九日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

この判決は、被控訴人において金一四〇万円の担保を供するときは、勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は

事実関係につき、

控訴代理人において「本件売買は形式上控訴人が買主となつているが、右契約の当事者は形式的に決定せらるべきではなく、実質的に具体的な取引の実態に則して決せられるべきところ、本件釘の需要者はインドネシヤ国ジヤカルタ市のリーベル、トレーヂング、コンパニーであり、代金支払の手段たる信用状の開設も同会社がこれをなし、控訴人はただ右信用状を被控訴人に取次ぐにすぎず、被控訴人はこれに基き売買代金の八割を為替銀行から前払を受け、残金二割は船積証券が完備し、契約品を本船に積渡した後に為替銀行から支払を受けることとなつており、控訴人において自己の計算により輸出販売行為を行つているものではないから、控訴人は右売買契約の買主ではなく、右訴外会社と売主たる被控訴人との間の仲立人たる地位にあるにすぎない。しかも、控訴人は右契約に際し、被控訴人に対し本件釘の買主が右訴外会社である旨明示しているのであるから、商法第五四九条により責を負ういわれもない。そして本件契約書によれば、売買代金はF、O、B価格で表示せられているところ、かかる表示のある契約は商慣習上当然にF、O、B契約と解すべきであることは顕著な事実であるから、本件売買契約がF、O、B契約であることは明らかである。F、O、B契約においては、右契約と、当該売買契約に基き設定される信用状とは、不可分、密接な法的関係に立ち、信用状の開設はその性質上当然右契約の効力発生に対し先給付の関係に立つから、F、O、B契約は信用状の開設を停止条件とするものというべきところ、本件においては未だ信用状が開設せられていないから、本件売買はその効力を生じるに由ないものであり、またF、O、B契約は性質上確定期売買と解すべきであるから、信用状が所定の期間内に開設せられないときは、右期間の経過により右契約は当然解除せられたものと看做されるものである。さればこそ、被控訴人は右期限たる昭和二六年四月一五日の経過により本件契約書(乙第一号証)に「L/C未開設のためCancelled 」と朱書し、本件売買契約が解除せられたものと取扱つているのである。仮に然らずとしても、被控訴人と控訴人間においては右契約の重要な要素である支払条件(信用状開設期限)、履行期(船積期限)等を変更したものであるから、本件売買契約は更改により消滅し、ここに新たな売買契約が成立したものである。また本件売買代金は一樽当り一六弗五〇仙、或は一六弗六〇仙と定められ、本件債権額は外国の通貨を以て指定せられているから、債務者たる控訴人としては外国の通貨によつて履行をなすか、日本の通貨によつて履行をなすかの選択権を有するものというべく、従つて債権者たる被控訴人において、控訴人に対し日本の通貨による支払を求める被控訴人の請求は失当である」と述べ、

被控訴代理人において「本件売買が被控訴人と控訴人間になされたもので、控訴人主張のように被控訴人とリーベル、トレーヂング、コンパニーとの間になされたものでないことは、本件契約書によつても疑問の余地はない。甲第五号証は控訴人と海外商社たる右訴外会社間の紛争について、右訴外会社が控訴人宛てに発した紛争解決に関する状況報告書であるが、これによつても、本件売買が被控訴人と控訴人間に締結せられたものであることが明らかであり、本件信用状も、右訴外会社が控訴人に対する代金支払義務の履行を保証するために控訴人に対し設定せらるべきものであつたから、控訴人がその主張の如き単なる仲立人でないことも明らかである。そして本件契約書中の価格欄のF、O、Bなる記載は、単に売買代金の基準を定めるために記載されているにすぎないのであつて、かかる文言が記載されているからといつて直ちにF、O、B契約と断定することはできない。そして本件信用状の開設は、売買代金の支払方法として約定せられたものであることは本件契約書の体様からみて疑う余地はなく、信用状の開設は本件売買の効力として発生する買主の代金債務履行の方法を定めたものであることが明らかであるから、それは売買契約の成否、効力には何等影響を及ぼすものではない。しかも、本来信用状は貿易契約とは密接な関係を有し、信用状は売買契約を基礎としてのみ存在するものではあるが、信用状そのものは買主の取引銀行が売主に対し買主の代金支払義務履行の保証をなすものであつて、売買契約とは別個に存在するものである。従つて、信用状の開設は本件売買契約の停止条件ではなく、むしろ、本件契約が、海外商社が控訴人のために開設する信用状を以て、控訴人の被控訴人に対する売買代金支払義務履行の保証並びに支払手段としている趣旨に鑑みると、所定期限までに信用状が開設せられなかつたときは、被控訴人は控訴人の代金支払を確保しえないものとして、本件売買契約を解除しうるものとする解除権発生の要件を定めたものと解するのが相当である。そして、被控訴人が契約品の製作を開始したのは、控訴人からの信用状は必ず到着するから契約品の製作を開始してもらいたい旨の懇請を容れ、右製作の開始前或は開始と同時に支払を受くベき右信用状を利用しての代金の八割の支払時期を変更したものであつて、債務の要素を変更したものではないから、更改ではない。また外国の通貨を以て代金債権を指定したときは、債務者は当該外国通貨を以て支払うと、履行地における為替相場により邦貨を以て支払うとは債務者にその選択権のあることは控訴人主張のとおりであるが、本件売買は、控訴人から被控訴人に対する代金の支払を米国通貨のみに限定して弁済すべきことを特約したものではない。契約書中「値段」の欄に米貨を以て表示されているのは、売買物件の価格を単に米貨を以て表示したにすぎないもので、契約地、履行地とも国内であり、且つ当事者が共に国内商社であるという事情からいつても、当事者双方は支払の目的物を米貨のみに限定して授受する意思でなかつたことは言を俟たず、況んや、外国為替及び外国貿易管理法第三〇条は国内商社間の外貨債権発生、弁済等を目的とする行為を禁止し、右規定に違反したときは同法第七〇条により処罰されることになつているのであるから、輸出入貿易業者たる被控訴人及び控訴人が右条項に違反する特約をするとは到底考えられない」と述べ〈証拠省略〉たほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

被控訴人及び控訴人が共に輸出入貿易を主たる業務とする会社であることは当事者間に争いがないところ、被控訴人は昭和二六年四月六日控訴人に対し、いわゆる内地売買として、釘一、五〇〇樽をその主張の如き約定で売渡すことを契約した旨主張するに対し、控訴人はこれを争い、控訴人は、被控訴人とその主張の如き売買契約を締結したことはなく、せいぜい被控訴人と海外商社たるリーベル、トレーヂング、コンパニー間の売買契約の仲立をなしたにすぎない。仮に被控訴人と控訴人間に売買契約が締結せられたとしても、それはF、O、B契約であるから、F、O、B約款に基き処理せらるべきである旨抗争するので、まずこの点について判断する。

成立に争のない甲第一号証、乙第一号証と、原審並びに当審証人山本秋夫、同黒崎毅、原審証人長谷川静夫、同岡清司の各証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、控訴会社は昭和二六年四月初頃インドネシヤ国ジヤカルタ市のリーベル、トレーヂング、コンパニーから釘一、五〇〇樽の注文を受けたので、当時控訴会社の代表取締役として同会社の鉄鋼部門の取引の衝に当つていた山本秋夫は、当時右訴外会社との間に右釘一、五〇〇樽につき売買契約を締結すると共に、自ら、或は社員岡清司をして被控訴会社に対し、右海外商社名を明示することなく、単にジヤカルタから釘一、五〇〇樽の注文がきている旨申向け、右釘の購入方を申込んだところ、同月六日被控訴会社と控訴会社間に、右釘一、五〇〇樽を代金七〇〇樽分は一樽当り神戸又は大阪船渡価格一六弗五〇仙、八〇〇樽分は同一六弗六〇仙、船積五月、仕向地ジヤワ、ジヤカルタ、代金はその支払を確保するため、控訴会社が海外商社開設の信用状を受領したときは遅滞なくこれに控訴会社の委任状を添付して被控訴会社に交付し、被控訴会社においてこれを利用して代金の八割を受領し、残金は船積後一週間以内に神戸又は大阪において支払うことにし、右信用状の開設は同月一五日以前とし、信用状開設後被控訴会社において右売買の目的物の製作を開始すること、右期日までに信用状が開設せられないときは、被控訴会社において本契約を解除することができる等の約定にて、控訴会社が被控訴会社から買受ける旨の売買契約が締結せられたことが認められ、右認定に反する証人片山三郎、同小林公平、控訴会社代表者中野至道の供述は前顕各証拠に照し措信し難く、右甲第一号証と乙第一号証に売主の署名又はその記載がなく、買主の署名又はその記載としてS.Yamamotoなる記載のあることも、前記山本秋夫、黒崎毅、岡清司の各証言に徴すると、未だ右認定を左右するに足りないし、他に右認定を覆すに足る確証もない。右認定事実によると本件物件の実需者は海外商社たるリーベル、トレーヂング、コンパニーではあるが、被控訴会社としては右物件の海外の買主が誰であるかを知らなかつたのであり、右契約は被控訴会社が売主、控訴会社が買主となり、右両者間に締結せられたものであることが明らかであるところ、右物件は国内に存在し、しかも右契約は国内商社間に行われたものであつて、海外にある物品についての売買ではなく、当事者間において特にF、O、B約款に従う旨の意思のあつたことも認められないから、右売買契約はいわゆる内地売買として締結せられたものであることが明白であつて、本件契約書の価格欄にF、O、Bと記載せられているのも、単に右物件の価格を定める基準として記載せられているにすぎないものというべきである。そうすると、本件売買は被控訴会社を売主、控訴会社を買主とする内地売買であつて、控訴会社が単に被控訴会社と海外商社間の売買の仲立人となつているにすぎないものではないものといわねばならない。

ところが、控訴人は右売買契約は信用状の開設を停止条件とするものであるところ、右信用状は未だ開設せられていないからその効力を生じるに由ないものである旨主張するところ、右信用状が期限までに開設せられなかつたことは被控訴人の自認するところではあるが、右信用状の開設は前記売買契約の停止条件をなすものではなく、約定解除権発生の要件にすぎないことは前段認定のとおりであるから、控訴人の右抗弁は採用し難いし、また控訴人の右売買が確定期売買である旨の抗弁も、右売買が性質上は勿論(控訴人の右売買がF、O、B契約であることを前提とする主張も、それがF、O、B契約でないこと前記認定のとおりである以上、到底とるをえない)、当事者の意思表示により、これを確定期売買とする旨の特約のあつたことを認めるべき何等の資料もないから、右抗弁も採用できない。

また、控訴人は右契約は昭和二六年四月一五日被控訴人から解除せられた旨抗争するので考えるのに、なるほど前記乙第一号証とその写である甲第一号証には「L/C未開設のためCancelled 」と朱書されているが、これは原審並びに当審証人山本秋夫、同黒崎毅、原審証人岡清司の各証言に照すと、被控訴会社の社員黒崎毅が前記期限までに信用状が開設されなかつたので、右売買契約を解除しようと考え、同日被控訴会社が所持していた契約書控(乙第一号証)に右のとおり朱書すると共に、控訴会社に対し右売買契約を解除したい旨連絡したところ、控訴会社から二、三日猶予してもらいたい旨の懇請があつたので、右黒崎はこれを諒承して、解除の意思表示をしなかつたのであるが、右朱書を抹消するのを忘れ、そのままにしていたことに起因することが認められるから、右朱書を以て直ちに控訴人の右主張事実を肯認することはできず、他に右解除の事実を認めるに足る確証もないから、控訴人の右抗弁も採用できない。

そうすると、右売買契約は前記四月一五日の経過後も有効に存続しているものといわねばならない。

しかるところ、原審証人黒崎毅の証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一、同第三号証の一ないし七、同第五号証、成立に争のない同第六号証の一、二と原審並びに当審証人山本秋夫、原審証人岡清司、同清谷清の各証言、原審並びに当審証人黒崎毅、原審証人長谷川静夫の各証言の一部並びに弁論の全趣旨を綜合すると、前記契約解除の猶予中である昭和二六年四月一七日、控訴会社の社員岡清司は前記訴外会社から控訴会社宛ての、信用状が間もなく開設せられる予定である旨の同月一〇日付の書簡を、被控訴会社に持参してこれを提示し、信用状の開設せられることは絶対に間違いないから、五月の船積に間に合うよう直ちに釘の製作に着手してもらいたい旨申入れたので、被控訴会社においては、右書簡もあることとて近く確実に信用状が開設せられるものと確信し、信用状が開設せられるとすれば、信用状開設前に釘の製作に着手しても、また右着手前に代金の八割に相当する前渡金を受領しえなくても、代金の支払を確保しうるものと考えて、右申入れを諒承し、直ちに訴外大東鉄線株式会社をして釘の製作を開始せしめたのであるが、控訴会社においては、同月末頃に至つても信用状を入手できなかつたので、これに不安を感じ、その頃被控訴会社に釘の製作の中止方を申入れた。そこで、被控訴会社は右訴外会社に連絡して製作を中止せしめたが、すでに訴外会社においては九九三樽の釘を完成していたので、被控訴会社は控訴会社に右釘の引取方を要求したが、控訴会社においては右釘が転売できるまで猶予してもらいたい旨懇請するのみであつた。そこで、被控訴会社はその後も再三右釘の引取方を請求すると共に、右訴外会社に保管させていた右釘の中の原判決末尾添付目録記載の釘九八七樽を、同年五月一四日及び同月二四日の二回に篠原倉庫株式会社大阪支店に寄託し、その後も再三再四控訴会社に対し右釘の引渡の準備をしている旨を告げ、その引取及び代金の支払方を請求したのであるが、控訴会社においては右釘がジヤワ向の特殊な釘で、日本内地においては容易に処分し難く、処分しえたとしても著しく低価格となり、またジヤワにおいては釘の値下りが著しく、到底これを転売することができない状況にあつたので、右釘の受領期間の延期を求め、配船をすることなく、代金の支払を拒絶していたことが認められ、右認定に反する証人黒崎毅、同長谷川静夫の証言は前顕各証拠に照し措信し難く、他に右認定を覆すに足る確証はない。右事実によると、被控訴会社が控訴会社の申出に応じて釘の製作に着手したのは、前記売買契約と全く別個の新たな契約を締結したためではなく、被控訴会社において控訴会社の言明により、信用状が必ず開設せられるものと信じ、前記契約中の釘製作着手の時期を信用状開設前とし、代金支払方法を信用状到着次第代金の八割を前渡金として受領する旨の約定に変更したものにすぎないところ、右変更は単にその履行方法の一部の条件、態様の変更にすぎず、その要素を変更したものではないことが明白であるから、前記契約が更改により消滅するいわれもなく、右契約は右の如く支払条件等を変更した上、依然存続しているものというべきである。そして控訴会社においては釘の引取を拒絶し、配給をしないのであるから、被控訴会社としては信義誠実の原則上、これを附近の倉庫に保管し、その引取を求めるを以て足りるものというべく、控訴会社は少くとも昭和二六年六月から受領遅滞の責を負い、右代金を支払う義務があるものといわねばならない。

そして、本件売買が商人間の売買であり、買主たる控訴会社においてその目的物を受領することを拒絶していることは前段認定のとおりであるから、売主たる被控訴会社においては商法第五二四条のいわゆる自助売却をなしうるところ、被控訴会社が昭和二八年五月一日右自助売却権に基き大阪地方裁判所執行吏に右寄託中の釘の競売の申立をなし、同執行吏が昭和二九年一一月一一日競売を実行し、被控訴会社が売得金一、七八〇、五五〇円を受領したことは当事者間に争がなく、被控訴会社が昭和二八年二月一日付内容証明郵便を以て控訴会社に対し、右釘を同月二〇日までに代金支払と引換えに引取るべく、右期間を徒過したときは、右物件を競売に付する旨催告したことは成立に争のない甲第三号証の八、九により明らかであるから、右競売は適法有効というべく、被控訴会社において右売得金を代金債務に充当したことは被控訴人の自認するところであるから、控訴会社は被控訴会社に対しその残金を支払う義務があるものというべきである。控訴人はこの点につき、被控訴会社は本件釘の製作後その引渡をなすまでは善良な管理者の注意をもつてこれを保管すべきであるのに、これを怠つたため、釘に錆を生ぜしめ、且つ三年半後に至り市価の暴落したときにこれを競売したため被控訴人主張の如き僅少な売得金で競売するに至つたものであり、被控訴会社においてその危険を負担すべきものであると主張するが、少くとも昭和二六年六月以降は控訴会社に遅滞の責があつたことは前認定のとおりであるから、被控訴会社は爾後単に自己の物に対すると同一の注意を以て物を保管すれば足りるところ、被控訴会社においては右競売物件を篠原倉庫株式会社大阪支店に寄託してこれを保管していたのであるから、右注意義務に欠けるところがないのみならず、売主の前記自助売却権は売主のために認められた権利であつて義務ではないから、その行使が権利の濫用にわたる場合は格別、単に競売の時期如何により生じた消極的損害の如きは売主たる被控訴会社においてその責を負わないものと解するのを相当とし、右特段の事情についてもこれを認むべき証拠はなく、また控訴人主張の如き危険負担に関する商慣習の存在も認められないから、控訴人の右抗弁も理由がない。

そして、原審証人黒崎毅の証言により真正に成立したものと認められる甲第四号証の一ないし四と同証言を綜合すると、被控訴会社が昭和二九年一〇月一五日篠原倉庫株式会社に対し前記委託中の釘の倉庫料、荷役費として金三〇九、五四〇円を支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はないところ、前記認定の被控訴会社が篠原倉庫株式会社大阪支店に右釘を寄託するに至つた事情に徴すると、右被控訴会社が支出した金員は、被控訴会社の控訴会社のための事務管理として本人たる控訴会社のために支出した有益費用というべきであるから、被控訴会社は控訴会社に対しその償還を請求しうるものというべく、控訴会社は被控訴会社に対し右立替金を支払う義務があるものといわねばならないところ、控訴人は右倉庫料は被控訴会社が不当に競売を延引したことにより必要以上に生じたものであるから、その部分については支払義務がない旨抗争するが、これを認むべき証拠はないから、右抗弁も採用し難い。

次に、控訴人は自己に前記売買代金の支払義務があるとしても、昭和二六年五月一七日被控訴会社との間に示談が成立し、損失分担についての特約がなされた旨主張するが、これを肯認するに足る確証はなく、却つて、前記甲第三号証の一、成立に争のない乙第六号証と原審証人山本秋夫、同黒崎毅、同清谷清の各証言を綜合すると、昭和二六年五月一七日、被控訴会社、控訴会社、訴外大東鉄線株式会社の三者間において、前記売買の善後策につき協議がなされたが、大綱につきある程度の下相談がなされたに止り、控訴会社においてこれを正式な契約とし、法律上の責任を負うに至ることを拒んだため、控訴人主張の如き示談は遂に成立するに至らなかつたことが認められるから、控訴人の右抗弁も採用し難い。

しかるところ、本件売買代金が神戸又は大阪船渡価格で定められていることは前記認定のとおりであるところ、被控訴人は結局本件釘を船積しなかつたのであるから、控訴人としては右船積に要する運賃、積込料等を控除した金額を被控訴人に支払えば足りるものと解するのを相当とするところ、控訴人は右売買代金額は外国の通貨を以て指定せられているから、債務者たる控訴人としては外国の通貨によつて履行するか、日本の通貨によつて履行するかの選択権がある旨主張するので考えるのに、本件売買価格が米貨を以て表示せられていることは前記認定のとおりであるが、当時施行されていた外国為替及び外国貿易管理法が国内商社間の外貨債権の発生及び弁済等を目的とする行為を禁止していたことと、当審証人黒崎毅、同山本秋夫の各証言を綜合すると、右米貨による表示は単に鉄鋼類売買の慣例に従つたにすぎず、売買当事者である被控訴会社、控訴会社間においては右米貨を以て債権額を指定したものでないことが明らかであるから、控訴人の右抗弁は採用し難く、控訴人は結局被控訴人に対し前記製作済の釘九八七樽の代金合計五、八八一、七三〇円(当初の代金額の割合で計算し、これを一弗三六〇円の割で換算)から前記運送賃一二〇、九五〇円(当審における鑑定人田中一雄の鑑定の結果により明らか)及び被控訴人において右代金に充当した前記売得金一、七八〇、五五〇円を控除した残金三、九八〇、二三〇円、及び前記立替金三〇九、五四〇円、合計四、二八九、七七〇円を支払う義務があるものといわねばならない。

そうすると、被控訴人の本訴請求は控訴人に対し右金四、二八九、七七〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和三〇年三月九日以降完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。

よつて、これと異る原判決を変更し、民事訴訟法第九六条第九二条第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 大野千里)

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